古民家再生、古民家物件、リノベーション情報など。

株式会社与組(あたえぐみ)

全国古民家再生協会宮崎第一支部・支部長 坂口孝生

対応エリア宮崎県日向市、延岡市、門川町、美郷町、諸塚村、椎葉村、都農町、その他宮崎県北部

宮崎第一支部の対応エリア宮崎県全域

遠い未来を見据えた仕事。

古民家アイコン

宮崎県日向市、株式会社与組代表の坂口さんは自宅用に古民家を購入し、数年かけてリノベ中。現在茅葺き古民家の移築事業などに意欲的に取り組む坂口さんですが、最初から古民家に出会っていたわけではありませんでした。自然の中で育ち、様々な世界を経験し、やがて辿り着いた答え。そんな坂口さんの物語をご紹介します。

インタビュー

田舎暮らしの快適さ

──
会社のご住所をマップで見てみたんですけど、すごい海近くなんですね。
坂口
海近いですね。10分くらい走ればもう海ですね。
──
宮崎県日向市ってどんなところなんですか?
坂口
台風はしょっちゅう来るけど、気候が温暖ですごく過ごしやすいですよ。海も川も山もあって。それぞれに恵みがあるんで。
──
へー。
坂口
僕たち「磯物とり」っていうんですけど、磯物とりに行くぞって言って、貝類とか魚とか海に潜って採ったりして。
──
潜るんですか。
坂口
そうです。それ焼いたり煮たりして。川は川で鮎とったり、カニとったり。山は僕、猟もするんで、イノシシとったり鹿とったり。
──
そうなんですか! すごいな(笑)。
坂口
だから自然の遊びはだいたいみんな、何かしらやってますね。サーフィンしたり釣りしたり川遊びしたり。
──
へぇーっ。なんか僕らの世代が、田舎を嫌って都会に出て行く、みたいな価値観の最後の方かなと思うんですけど。
坂口
うんうん。
──
僕は大阪生まれで中学の頃から大阪の繁華街で遊んでたし、東京にも出て行ったんですけど、今大阪の片田舎に引っ込んでみたらもう、快適すぎて(笑)。
坂口
快適ですよね。僕は都会に住んだことないけど。若い頃は憧れましたけどね。景気がいい時代で、どんどんお金増やせっていう流れで、みんな都会に憧れたんでしょうけど。
──
はいはい。
坂口
今ってそういう価値観じゃないですよね。
──
僕らの世代からですよね。景気が悪くなったのって。氷河期世代ですもんね。
坂口
そう。親方からも、厳しいとか、悪くなってきてるっていう話はずっと聞いてました。
──
なんかそこから「田舎志向」みたいなのが出てきたんですよね。たぶん。
坂口
そうそう。そういうのが少しずつ芽生えはじめたんじゃないかなって。
──
こないだお会いした時に「旅行先でその土地の名物を食べるのが楽しみ」っていうお話されてたじゃないですか。「でも都会は何でもあるけど、何食べていいか分からない」と。
坂口
はい。
──
今の自然の恵みのお話を聞いて、正直、坂口さんの舌がおいしいものをいっぱい知ってるじゃないですか。だからたぶん都会の食べ物って何食べても口に合わないんじゃないですか。
坂口
あー、まあ、こっちは素材はいいですからね。
──
メシなんて素材がいいのが一番おいしいですから。
坂口
そうですね。だからこっちで居酒屋とか適当に入るじゃないですか。
──
はい。
坂口
まずい店、ないですもんね。
──
あー、やっぱそうなんや!
坂口
都会の居酒屋はやっぱり、失敗したなーっていう店ありますけど。こっちは無いです。
──
すごいなー。
坂口
やっぱ素材が大事なんでしょうね。そういう意味では、古民家ともつながりますよね(笑)。
──
(笑)そうそう。さっきからこれ、そういう話になるかなと(笑)。
坂口
素材がよければあまり手を加えなくてもいいっていう。ほんとそうかもしれないですね。古民家を触る時も、いらないことをしないのが一番ですもんね。
──
あー、やっぱり。
坂口
原型を見せるのが一番っすね。柱も梁も、飾りすぎないのがカッコいいっすもんね。
──
そうそう。僕も一応デザインやってるんですけど、床材、壁材、いろいろ検討したんですけど、結局元通りが一番カッコいいなと(笑)。
坂口
(笑)それは触ってみてつくづく思いますね。
──
ホームページに載せてらっしゃる施工例もほんとそんな感じですよね。「美々津伝建地区」の古民家再生事例なんですけど、もうこれ見ただけで、あ、ここに任せて大丈夫やなって思いますよね。
坂口
(笑)
インタビュー インタビュー

70年前の大工さんの悔しさ

──
ようするに技術的にこれができるかどうか、という点と、そもそもこれをやろうとしてくれるかどうか、という点ですよ。この「元通りにする」っていう発想がそもそも出てこない会社さんが多いと思うんですよ。
坂口
そう言って頂けるのはありがたいですね。最近市役所からも、伝建地区って文化庁の指導が入るんですけど、そういう事前相談が市役所の文化財課からうちに電話がかかってきて、坂口さん、こういう場合はどうしたらいいですかって。そういうのが結構あるんです。
──
それは素晴らしいですね。行政が、直す技術と意志を持った業者さんをちゃんと見つけられている、というのは幸運だと思いますよ。街路樹の剪定なんかもそうですけど、行政が選んだ業者が適当な仕事をしてる例なんか山ほどあると思います。
坂口
でも僕は、いろいろ手を加えてる大工さん見ても、その人が悪いとは思わないんですよ。
──
ほー。
坂口
自分も築120年の古民家買ったんですけど、買った時はベニヤとかボードとかを上から張ってしまってて、柱も梁も一本も見えてなかったんですよ。でもそれをやった大工さんが悪いというんじゃなくて、そういう風にならざるを得なかった時代の流れ、法律とか、大量生産とか、そういう流れが悪かったんだと思うんです。
──
なるほど。僕も一回そういうの調べたことがあって、戦前くらいまで遡ったんですけど、やっぱり大工が悪いとか施主が悪いとか、そういうレベルじゃなくて、世の中の流れが…
坂口
そうそうそう。大きな流れですよね。建築基準法が昭和25年にできてるじゃないですか。アメリカが作ったらしいんですけど、その時に想定してなかったのが地震と湿気。
──
へぇー。
坂口
先日、リフォーム事業者団体の会議に呼んでもらったんですけど、そこで木耐協(日本木造住宅耐震補強事業者協同組合)のえらい先生なんかとお話させて頂いたんですけど、すべて在来工法の耐震のお話なんですよ。
──
はいはい。
坂口
最初の建築基準法から耐震基準ってどんどん厳しくなっていって、今がMAXくらいじゃないですかね。今ちょうど建築基準法が完成されたと思ってるんですよ。てことは逆を言えば、最初の建築基準法があまりにも不完全、日本の気候風土に合っていなかったということですよね。
──
そうなりますね。
坂口
筋交いも入れなくていい、基礎も簡単でいい、上だけ固めろって、保つわけないですわ。今、耐震基準がどんどん厳しくなってすごいなって思ってるんですけど、1000年続いてきた伝統構法を捨てて、ゼロからはじめたわけだから、日本に合わないっていうのは当然のことですよね。
──
デザインもそうですけどね。1000年かけて完成されたデザインなんか崩せないですよ。
坂口
だから昭和25年に全部ひっくり返されたその時の大工さんって、たぶん相当悔しかっただろうなって思うんですよ。
──
ああ、そうでしょうねえ。
坂口
ずーっと伝統構法でつくってきた家を、いきなり金物で固定しろって、釘で留めただけでいい、これまでのやり方は違法だって言われて。屈辱だったんじゃないかなって。
──
はい。
坂口
だから昭和30年代くらいまでの家って、わりと昔の名残があるんですよ。金物使ってるけど、がっちりほぞ差して込み栓入れてるとか。
──
そうなんですか。
坂口
そういうの見たら、どういう気持ちだったのかなって。ちょっとじんと来ますね。
──
そうですねえ。
坂口
今60~70代の方って、昔の家の作り方を知ってるんですよ。その親方に習ってるから。
──
あー。
坂口
だからその人たちがいるうちに、今20代、30代の人たちに技を伝えておかないと手遅れになるなって。
インタビュー

ホテルに泊まると喉が痛くなる

──
あの、さっき古民家を買われたって仰ってましたけど、ご自宅としてですか?
坂口
はい。それまでは市営住宅に住んでたんですけど。鉄筋コンクリートの。
──
あ、そうなんですか。
坂口
それでそろそろ家作ろうかなってなった時に、家作ってもなあ…って。
──
(笑)
坂口
たぶん古民家買った方が正解だろうなって。それでその時たまたま知り合いの人が、実家が空いたので…という話があって。
──
ほー。それってどれくらい前ですか?
坂口
4年くらい前かな?
──
じゃあ僕と買ったタイミングが同じくらいですね。
坂口
でも買ったはいいものの、自分の家だから一番後回しになるじゃないですか。それで1年半とか2年とかかけて、なんとか住める状態にして。嫁にさんざん文句言われながら…(笑)
──
そういうのも僕と一緒ですね(笑)。僕もそれくらいかけて直しましたから。
坂口
一緒ですね。まあ住めると言っても天井がまだ張ってなかったりしますけど(笑)。
──
それだいぶ遅いっすね(笑)。それでどうですか、実際に住んでみて。
坂口
快適ですね。
──
やっぱり。
坂口
そのせいだと思うんけど、最近ホテルに2、3泊すると、喉が痛くなるんですよ。
──
えっ、同じですよ! 僕も痛くなります。あれ何なんですかね? こないだもホテル泊まった時に、夜中の3時に喉が痛くて目が覚めたんですよ。
坂口
そうそう。僕も。なんですかねあれ?
──
いや、僕も自分だけかなと思ってたんですけど。それで取りあえずお風呂にお湯を張って、ドアを開けっぱなしにして、湿度上げたらいいんかなと。高層で窓が開かなかったんで。
坂口
あー。今度それやってみよ。
──
でもこれって僕らだけなんかなって。だって宿泊客がみんな喉痛くなってたらホテル側も対処するはずじゃないですか。
坂口
なんか空気中に原因があるんじゃないですかね。微量の化学物質とか。
──
古民家に住んでる僕らが、逆に過敏というか、弱くなっちゃってるんじゃないですかね。
坂口
(笑)それはあるかも知れないですね。僕が二十歳の時に親が家を建てたんですけど、全部ビニールクロス、床もカラー合板で。そこにうちの長男を連れて行ったらすごい肌が荒れて。いわゆるシックハウスですね。
──
そうなんですか。
坂口
でも市営住宅のアパートに帰ったら良くなるんですよ。
──
へぇーっ。
坂口
市営住宅も新建材は使ってますけど、畳が入ってたり、まだマシだったんですよ。
──
ふーん。
坂口
偏頭痛とかもシックハウスが原因だったりしますもんね。
──
僕、古民家に住むまでそんなことなかったんですよ。ビニールクロスのマンションにも住んでたし。でも最近はほんとホテルに泊まるのが恐怖で。
坂口
今の家は気密性とか室内の温度コントロールなんかを重視しますけど、もちろんそれも重要なんですけど、それ以前に、身体の内面への影響が一番大事ですよね。
──
ほんとそうですね。室温だけじゃなくて、もっと総合的な気持ちよさを考えた方がいいですよね。
インタビュー

木造建築は一括りにしてはいけない

──
まあとにかく、実際に住んでる僕らが古民家は快適だって大きな声で言っていかないとダメかなと思います。
坂口
なんか数字とか、具体的なことで言えればいいんですけどね。口で言ってもなかなか伝わらないですよね。
──
いいですよって言っても、どうせ冬は寒いんでしょう? とか、地震で危ないんでしょう? って思われがちですよね。
坂口
地震と言えば、我々がやってる伝統耐震診断を見て、木耐協の方が「古民家再生協会さんがやってるのってすごいですわ、うちらより全然進んでますね」って。
──
そうなんやー。
坂口
耐震のことで言うと、「木造建築」って一括りにしちゃ絶対ダメじゃないですか。四つに分ける必要があって、建築基準法施行前のいわゆる古民家、そして昭和56年以前の旧耐震基準の家、そこから2000年までの建物。そして、それ以降の今の家。
──
あ、2000年で変わるんですか。
坂口
ホールダウン金物(基礎と柱をがっちり固定するやつ)を使うようになったのが2000年からなんですよ。
──
へぇー。そうなんですね。
坂口
明確にこの四つに分かれるんですけど、今、耐震診断したらこれが全部一括りにされちゃうんですよ。「耐震性」という同じ基準で測られてしまう。
──
そうですね。
坂口
そうしたら時代が新しくなればなるほど数値が順番に上がっていくに決まってるじゃないですか。だから「古い建物は危険」ってなるんですよね。
──
うん。
坂口
消費者はもちろんそう思うし、施工側もその辺がよく分かってないんですよね。でもそれは当然なんですよ、古民家は法律に無いんだから。僕たちが独自に古民家を研究してるだけで。
──
その4つの分け方の、後ろ3つはいいんですよ。でも最初の、法律施行前の「古民家」に関しては、同じ木造でも構造がまったく違うルールで建てられてるっていうことを知っていれば、素人が考えても同じ診断方法でいいわけないだろうって分かると思うんですけどね。
坂口
(笑)でもそれを知らないんです。建築士でさえ知らないんだから、一般の人が分かるわけがないですよ。古い建物は危険だって教わってますから。だから建築士会とか木耐協に相談が来ても現行法でしか扱えないから、そこでうちらに振ってもらえれば一軒でも多く古民家が救えますって、そういうお話をしたんです。
──
なるほどー。
インタビュー

茅葺き古民家の移築プロジェクト

──
現在プロジェクトが進んでいる茅葺きのお宿についてもちょっとお伺いしたいんですけど。あれって移築なんですか?
坂口
はい、移築です。高千穂町っていうところが持ってた建物を解体することになったんですが、住民の方から反対が起きて。それでもらい手を探そうということになったらしく、町が公募されたそうなんですけど、締切の直前にうちに連絡があって。
──
そうなんですか。
坂口
で、また人から人につながって、新富町っていうところに持って行けることになったんですよ。そこで地域のために活かしましょうと。宿泊施設にして、雇用創出したり地元の憩いの場になったりと、そういう形になればいいかなと思って。
──
茅葺き、ご苦労されてましたよね。
坂口
相当苦労しましたね。最初やるつもり無かったんですよ。やったことないし、お金かかるの分かってるし。大変じゃないですか。
──
そうでしょうね。
坂口
仕事として考えたら、やるのは絶対に間違ってるんですよ(笑)。
──
はははは(笑)
坂口
だって持ち出しで、苦労して、何回も勉強会に行って…儲かったの? って聞かれても、茅葺きしたことによっては儲かってないじゃないですか。
──
はい。
坂口
でも、地域のためだと思えば、茅葺きというアイコンがあって良かったなって。
──
茅葺きって皆さん上からトタン張ったりしてますよね。葺き替えが高いから。
坂口
残そうと思わないと残せないですよね。普通は。葺き替えの寿命ってだいたい20年なんですよ。
──
まじっすか。
坂口
だから個人の持ち物で、茅葺きを続けるっていうのは、もう道楽でやるならいいんでしょうけど。
──
まあでも皆さんがやってるように、普通は上にガルバなり何なりを張っとけばいいんですよね。
坂口
そうですね。雨が入りさえしなければ茅も傷まないんで。
──
茅葺きに手を出すというのは、やる方も頼む方も、ある種の覚悟というか、ポリシーがないとなかなかできないと思うんですが、坂口さんがこの世界に入ったきっかけって何だったんですか。
坂口
僕、子供の頃は虫とったり川に入ったり、自然の中で遊んでました。とにかく虫とか動物とか、生き物が好きで。
──
へぇー。
坂口
エビとって食ったり、魚とって食ったり。
──
ワイルドですねぇ。
坂口
それで建築やるきっかけっていうのは、親父が大工してるんですよ。
──
ああ、なるほど。
坂口
一緒にやるようになったのは最近なんですけど。僕は地元の工務店に就職して、親父は東京に出稼ぎにいってました。それで独立するってなった時に、親父を東京から呼び戻したんです。
──
へぇー。そうなんですね。
坂口
うちの会社「与組」っていうんですけど、親父の名前「与一」の一文字をもらってるんです。響きもいいから。
──
「あたえぐみ」っていいですよね。
坂口
人に何かを与えられる会社にしたいなという思いがあって。
──
なるほど。
坂口
親父たちはもう若い頃から叩き上げなんで、学ぶところが多いです。うちに来てる大工の若い子も、僕たちが言うより親父が指導した方が断然効果ありますもんね。
──
あー。そうなんですか。
坂口
技術的には全然親父たちが指導した方がいいですね。親父は東京で大手の手間請けしてたんですけど、木が好きで、あと都会で仕事してたんで、衛生面とか安全面とかきっちりしてるんですよ。
──
ああー。
坂口
すっごい厳しい中で仕事してきてるんで。だから都会のやり方、田舎のやり方、いいとこ取りできるんです。
──
僕も自分の時もそうでしたけど、他にもいろいろ小耳に挟む話から思うに、やっぱり地方の工務店さんや大工さんって良くも悪くもルーズなんですよね。
坂口
うんうん。
──
どんどん工期が延びるとか、見積がアバウトすぎるとか(笑)。でも東京とかビシッと決めるじゃないですか。工期が遅れるなんて許されへんとかそういう都市的な感覚って、施主にとってはありがたいですよね。
坂口
そうですね。
インタビュー

古民家に出会うまでのこと

──
親父さんと同じ道を歩むっていうのは、子供の頃から決めてらっしゃったんですか?
坂口
いや、全然。建築の道に行こうと思ったのは高三の秋です。
──
ギリギリですね(笑)。
坂口
ずっと柔道やってて、それしかしてなかったんで、将来のことを考えてなくて。それで高校を出てなんとなく職業訓練校に行ったんです。だからものを作るのが好きだった、というわけではなく、建築に興味があったわけでもなく(笑)。
──
(笑)なんなんでしょうね。僕もわりと、たとえば10年くらい会ってない友達が今の僕を見たら、お前どうしたん? って言われると思うんですけど。10年前は古民家のコの字も無かったですから。
坂口
なんなんでしょうね。なんか自分の中にすっと入ってくるものがあったんでしょうね。
──
ねえ。そんな感じです。
坂口
でも建築の道に入ってからも、何年かおきに自分のやりたいことがずっと変わり続けてたんですよ。
──
ほー。
坂口
たとえば最初はコテコテの、いかにも大工さん! っていう家が好きだったんです。でも何年かしたら、軒のないシンプルでかっこいい家が好きになったり。
──
おお、すごい。
坂口
それでちょっと方向が見えなくなってた時に、10年くらい前から、古民家の仕事に携わるようになって、あっ、これだ、と思って。
──
それはもうすごい分かります。やっぱり20代、30代ってフワフワしてるんですよね。でもそういう風に「いろんな家を好きだった」という経験のある人って、すごい幅があると思うんですよ。僕も古民家古民家言うてますけど、ガラスとコンクリートの建築も大好きなんです。ヨーロッパのレンガ造りの家も好きだし。
坂口
分かります分かります。
──
そういうのって、特に工務店さんって施主さんのいろんな趣味があるじゃないですか。そういう時に、いろんなチャンネルを合わせられると思うんですよね。
坂口
そうかも知れませんね。僕も一回、完全に木造を離れたことがあったんです。
──
あ、そうなんですか!
坂口
大工で弟子入りして、5年目から木造の手間請けをし始めたんですよ。で、仕事はできたんですけど、なんかね、飽きたんですよ。途中で。先が見えたように思ったというか…なんかこれ、本当のことじゃないなというか。
──
分かる気がします。
坂口
そうしてるうちに、鉄とコンクリートのことを知りたくなったんです。
──
へぇーっ。
坂口
ある日、仲間の応援でマンションの現場に入った時に、その現場監督さんがすごかったんですよ。僕は木造のことしか知らないのに、その監督さんは電気屋さん、水道屋さん、板金屋さん、鉄骨屋さん、左官屋さん、いろんな人たち相手に、いろんな聞いたこともない専門用語を使ってその場を仕切るんですよ。ああ、これはすごいと思って、そこで木造を離れて現場監督になろうと思って、鉄とコンクリートをやってる会社に入って、そこで5年くらい現場監督やってました。
──
そうなんですね! はー。
坂口
そこで色々鍛えてもらって。その後またちょっとフラフラしてたんですけど、そこでやっと古民家に出会って、ああー、これだ! と思って。それでまた木造に戻ってきたって感じです。
──
一回外の世界に出てから戻ってくると、全然見え方が違いますよね。客観視できるというか。
坂口
そう! 分かります。職種は変わってないんですけど、見方とか、やってることが全く変わったんで、転職したようなもんですけどね。
──
なるほどなー。
坂口
そういう目で見ると、古民家って本質を突いてるんですよね。昔の大工さんがどう考えてこの家をつくったんかなーって考えてみたら、10年20年の目先の仕事じゃないんです。100年後、200年後を考えてつくってるんですよ。木の組み方とか、込み栓の入れ方とか、ほぞの向きとか。そういうことを知った時に、これかと。これが今までの仕事にしっくりこなかった理由かと思って。
──
そうかー。そこなんですね。
坂口
とは言え、新築は法律に従って今の工法で建てるわけですから、ジレンマがありますね。だから究極的には「伝統構法で新築する」というのが夢ですね。
──
なるほどー。いや、これって坂口さんの人となりというか、核心となるお話やなと思います。ここを拾えてよかったです(笑)。
坂口
肝心なこと喋ったの、最後の最後でしたね(笑)。
──
(笑)なぜかそういうもんです。ありがとうございました。

おわり

施工例

宮崎第一支部プロモーション映像

一般社団法人全国古民家再生協会宮崎第一支部
https://www.kominka-miyazaki.org/

株式会社与組

社名 株式会社与組(カブシキガイシャアタエグミ)
所在地 〒883-0045 宮崎県日向市本町9-30-202
TEL 0982-60-1237
FAX 0982-60-3106
代表取締役 坂口 孝生

業務内容

注文住宅、古民家再生、リフォーム、店舗工事
各種登録 一級建築士事務所 宮崎県知事登録第A-5799号
一般建設業宮崎県知事許可(般-24)第13017号
住宅瑕疵担保責任保険加盟店
住宅リフォーム瑕疵担保責任保険加盟店
JHSビルダー登録店(地盤10年保障)
オーガニック地盤保障システム「BIOS」登録店
しろあり保障1000登録店(蟻害10年保障)
一般社団法人全国古民家再生協会 事業者会員
一般社団法人全国古民家再生協会 ハンドプレカット工場認定
公式サイト https://ataegumi.jp/
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