古民家再生、古民家物件、リノベーション情報など。

浦島設計事務所

全国古民家再生協会埼玉第一支部・支部長 浦島 則之

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人の個性、家の個性

古民家アイコン

埼玉県秩父郡にある浦島設計事務所の浦島さんは幼稚園の頃に大工の棟梁に出会い、高校の頃に障害児者のボランティア活動に出会います。いくつもの出会いによって導かれるように今があり、古民家に惹かれる自分がいる。家の話を通じながら、「住みよい家」を目指す浦島さんのルーツを探っていきます。

インタビュー

秩父地方の古民家のこと

──
あのー、僕、東京には住んでたことがあるんですけど埼玉って行ったことがなくて。
浦島
はい。
──
で、「秩父」ってどこかマップで調べてみたら、なんか思ってた感じの埼玉と全然ちがう…
浦島
(笑)そうなんですよ。
──
埼玉ってこんな広いんや! と思って。
浦島
広いですけど、秩父の人口はすごく少なくて。
──
でも、東京からこれくらいの距離の都市って、今人気なんじゃないですか。
浦島
秩父はすごい人気がありまして。
──
ですよね。
浦島
池袋から西武線の特急で1時間20分です。料金も1500円くらいで。
──
あー、それはちょうどいい感じ。全然アリっすね。やっぱり土地の値段も安いんですか。
浦島
いや、土地は意外と高いんですよ。やっぱり東京に出て行けるし。
──
ちょうど今、僕の東京の友達が郊外に移住したいっていうんで、送られてくる関東方面の古民家の物件情報を見たりしてるんですけど、えって思うくらい高いエリアとかありますね。山梨とかも同じ理由で高くなってるんですよね。
浦島
私は全国古民家再生協会を通じて全国の方とお話させて頂くじゃないですか。そしたら、えっそんな安い値段なの? っていうのが結構あるんですよ。TVとかに出てくる古民家もすごい安いじゃないですか。その感覚で秩父に来られると、金額が合わないですよね。
──
やっぱ需要があるんですよ。東京に1時間ちょっとで行けるっていうのは、圧倒的メリットじゃないですか。テレワークだといっても、完全に引っ込める人はいいですけど、時々は出社しないといけないとか、大事な商談はやっぱ都内で、という人の方が多いと思いますよ。そんな人にとってはちょうどいいトカイナカだと思います。
浦島
そうですね。
──
物件の数はあるんですか。
浦島
空き家はあるんですけど、地域柄で、別に人に貸さなくてもいいんだっていう感じですね。
──
あー。
浦島
農家民家が多いんです。群馬の富岡製糸場がありますけど、秩父もそれとつながってるんです。そういう養蚕が盛んな地域だったので。
──
なるほど。
浦島
二階がお蚕様で、一階で住んでるっていう。
──
あの、今事務局を置かれてる建物ってそれですかね。写真で拝見して、なんか二階部分に違和感があったんですけど。関西の形と違うなーと。入母屋じゃないのは分かるんですけど。
浦島
旧町田邸、今は「ひらくっぱら」の建物ですね。あれは二階も住まいなんですよ。
──
あ、そうなんですか。
浦島
農家住宅の養蚕してた家って二階がもうちょっと低いんですけど、ひらくっぱらの建物だと一階は商談だとか、来客があった時に絹織物をバーッと広げられる続き間があって。
──
へー。
浦島
一階にも二階にも床の間があるんです。だから私が想像するに、一階は来客用で、二階に住んでて、二階の床の間は主人の部屋だったんじゃないかと。
──
なるほどなるほど。じゃあちょっとイレギュラーな形なんですね。
浦島
そうですね。秩父地域ではあの形は庄屋さんとかそういう感じの建物です。
──
大阪のこの辺りの古民家も農家住宅なんですけど、こっちは田んぼとか畑なんで、二階を使うってことはあまりなく、一応厨子二階、虫籠窓はありますけど、人が使う空間じゃないですね。
浦島
なるほど。
──
で、僕の中で二階建ての古民家っていうと町家になるんで、町家でも農家住宅でもないこの建物に違和感があったんですが、あの、二階にけっこう大きい窓ついてるじゃないですか。しかも妻側の側面にもバーンってついてますよね。たぶんそれが引っかかったんだと思うんですけど。
浦島
ああ、たしかに妻側にはあんまり窓はつけないですよね。あれ反対側もずっと窓が続いてるんですよ。一階二階どっちもL字型に窓が回ってるんですよ。
──
え、めっちゃカッコいいじゃないですか。僕大好きです、そういうの。
浦島
よくお客さんにも「ここすごいですね」って言われます(笑)。
──
うわー、行ってみたい。
インタビュー

空き家になりつつある「昭和の家」

──
ご実家はどんなお家だったんですか。
浦島
今住んでる家は、養蚕の先生をしてたうちのじいちゃんが昭和43年に建てて、それから何度か増築したものになります。
──
ほー。
浦島
ちょっと違う話になっちゃいますけど、古民家っていうと皆さんお蚕をやってたような家をイメージされると思うんですけど、我々は戦前、昭和25年以前の建物を「古民家」と定義しているんですが、戦後の昭和30~40年くらいに建てられた建物にも良いものが中にはあって。
──
はいはいはい。
浦島
いわゆる古民家みたいに梁や柱が太くって、という感じじゃないんですけど、欄間がオシャレだったり、部屋も続き間が二間、あとは四畳半みたいな。そんな高度経済成長期につくられた家も扱ってるんです。
──
あの、その時代って布基礎ですよね。
浦島
布基礎、無筋のコンクリートだったりしますね。
──
外壁ってどうなってるんですか。
浦島
外壁は新建材が多いですね。お金に余裕のあるお家は板張りの腰壁だったりしますけど。ちょうどその時代に新建材が出てきましたから。
──
ああー。大阪でも2つのニュータウンが1960年代にできたんですけど、それくらいの時代の家って結構かわいいですよね。建売の家でも、なんかちょっと無駄なことをやってるというか、なんでここわざわざ丸くしてるんやろうとか、遊び心がありますよね。
浦島
(笑)ありますね。
──
そういう昭和の過渡期の家ってことですね。確かにそこにもっと陽が当たってもいいのにとは思います。
浦島
逆にそういう家がいいっていう人もいるんですよ。「古い家」っていってもお客さんによってイメージが違いますから。お蚕の家をイメージされてるのか、それとも昭和の家、サザエさん的な家を求めてるのか。
──
はいはいはい。まあキャッチーなのはいわゆる古民家ですよね。
浦島
そうですね。
──
でも昭和30~40年代の家って、建築好きじゃないと、あの良さは分からんのじゃないかと。かなりマニアックな好みだと思うんですけど(笑)。
浦島
(笑)売り主さんにしても、「結構いい古民家ですよ」というので行ってみたら、実はそういう昭和の民家だった、ということも最近増えてきてるんです。
──
あー。そうなんですね。もう認識がそうなりつつあるんですね。
浦島
再生協会としても「空き家」を扱ってるじゃないですか。そのうちの1/10が古民家だと言われてますけど、結構その中に昭和30~40年代の家が増えつつあるんですよね。
──
自然にそうなってきますよね。
浦島
もちろん我々の主軸は古民家ですけど。
──
まあでも、どっちも扱えるわけですから。
浦島
そうそう。好きな方を選んで頂けば。
インタビュー

過渡期の家と伝統耐震診断

──
たしか「伝統耐震診断」はそういう家にもいけるんですよね?
浦島
大丈夫です。いけます。
──
ちょっと突っ込んだことをお聞きしますけど、布基礎の建物に対して伝統耐震診断をかけると、やっぱり在来工法的な耐震補強になってしまって、めちゃくちゃ固めないとあかんのちゃうかなと思うんですけど、結果としてどういう結果になるパターンが多いですか。
浦島
えっと、まず揺れの波形を見るんですけど、それが伝統構法の揺れ方なのか、在来工法の揺れ方なのかで波形が全然違うんです。
──
はい。
浦島
よく言われるのが、伝統構法の建物に在来工法で増築すると、伝統構法の波形が大きいけど在来工法の揺れも小さく出るよと。基本的には、その波形の山のどっちが大きいかを見極めて、それにふさわしい補強をします。
──
それって調査しないと分からないんですかね。たとえば布基礎だったら100%在来工法タイプになる、とは言い切れないんですか。
浦島
言い切れないですね。
──
あっ、そうなんですか! 知らんかった。
浦島
布基礎でも、中が耐力壁がなくて筋交いがないと、伝統構法の揺れ方に近くなったりします。
──
あー、そうかそうか。
浦島
去年も一件、昭和40年くらいの建物を調査した時、基礎は布基礎なんですけど、壁は真壁で竹小舞だったんです。
──
ああ、そういうのもあるっすね。クロニカではその辺の過渡期の1950(昭和25)~1981(昭和56)年の家についてはあんまり触れてなかったんですけど、勉強になりました。
浦島
ただ、1950年に建築基準法が施行されてからの家には、きちんと法律にのっとった改修方法があるんですよ。たとえば基礎も無筋だとアウトで、その場合はアンカー打って、横に新しい基礎を作って補強しなさいとか、そういう指針が出てるんですよね。筋交いも入れて、金物も入れてと。
──
なるほどー。じゃあガチガチに耐震補強をやろうと思ったら、大がかりなことになりますね。
浦島
なりますね。建築基準法施行前の建物、いわゆる古民家については、基準とする法律が無いから、全国古民家再生協会の方で「再築基準」というのを作って今やってるわけですが、建築基準法施行後の建物に関しては、基準法にのっとった直し方をしないといけないんです。
──
そうかー。そっからコントロール下にあるわけですね。
浦島
あとは個人の住宅か、公共性のある建物かっていうところですね。まあ個人の住宅であれば、耐震補強をどこまでやるかはご本人次第ですからね。
──
なるほど。
インタビュー

祭を中心としたコミュニティ

──
浦島さんは設計士としていろんな設計されてると思うんですけど、古民家以外だとどんなお仕事が多いんですか。
浦島
一番多いのは住宅なんですけど、いわゆる設計事務所がゼロからガチガチに設計する、という形ではなくて、工務店さんと一緒にお客さんのお話を聞きながら作っていくというのが多いですね。
──
へぇー。
浦島
元々地元の小さなゼネコンの設計室にいたんですけど、20代の頃からお客さんと打ち合わせして、図面も描いて、積算もして、業者の取り決めまで全部やってたんです。
──
そうなんですか。
浦島
まあ当時はやらされてると思ってたんですけど、今思えばやらせてもらってるという感じです(笑)。
──
ですね(笑)。
浦島
だから今となってみれば、逆にそれが良かったと。そこで業者さんとの付き合いもできたし。あとは秩父夜祭っていう大きなお祭りがあるんです。関西の方は知らないかもしれないですけど。
──
僕、知らないです。
浦島
日本三大曳山祭というのがあって、京都の祇園祭と、飛騨の高山祭と、秩父の秩父夜祭。
──
へぇー。
浦島
そのお祭りっていうのは、京都や飛騨はどっちかっていうとお公家さんのお祭りなんです。でも秩父夜祭は庶民、農民の収穫祭なんですね。私も山車の屋根に乗ってるんですけど。
──
そうなんですか!
浦島
組み立て・解体とかね。実はそれに関わりたいがために、若い人が大工さんになりたがったり。
──
え、すごいな!
浦島
だから私もそういう繋がりがあるんで…独立してもう20年になるんですけど、そういう方々と一緒に、私は設計専門でお付き合いをさせて頂いてるという感じです。
──
なんか祭を中心としたコミュニティがあって、その中の大工だったり、設計士だったり、職人だったりという感じなんですね。面白いですねぇ。
浦島
そうですね。だから工務店さんと一緒というのが多くなるんです。
インタビュー

障害児者のボランティア活動

浦島
あと実は私、障害児者のボランティア活動もしてまして。
──
あ、そうなんですか。
浦島
今は皆さん自由に外にでも出てますけど、昔はどっちかっていうと、家に囲って、外に出さないという状況だったんです。そんな時代、私の先輩方がつくった会に入ってるんですけど、そういう方々を外のイベントに連れて行ったりとか、催し物のお手伝いをしたり、そういう関係もあって、今も障害児者の支援作業所の計画をしてるんですけども。
──
へぇー。
浦島
私、実はその会の会長なんです(笑)。
──
えー! 大変じゃないですか。再生協会の支部長もされて、日本伝統再築士会の支部長もされてる上に…
浦島
(笑)
──
でもそういうお仕事されてると、設計の目線って全然変わってくるんじゃないかと思うんですが。
浦島
そうですね。この活動は16、17歳くらいからやってるから…
──
すごいなー。僕が16の頃は毎日ゲームしかしてなかったですね(笑)。
浦島
(笑)
──
じゃあ先にボランティアがあって、そこから建築の世界に行かれたんですか。
浦島
うちはおじいちゃんが養蚕の先生をしていて、うちの親父は会社員で、全然建築の世界に関係ないんです。で、実家が幼稚園の頃に増築されたんですけど、その棟梁、年配の方だったんですけど、その人が遊んでくれたんですよね。
──
ああー。
浦島
で、なんか興味を持ったというか。今思えば、その後もプラモデルにお城を選んだりとか、積み木も家をつくったりとか。
──
へぇー。すごいなあ。
浦島
でも、高校の途中までは違う仕事に就こうと思ってたんです。
──
あ、そうなんですか。
浦島
ただこれもまた変なきっかけで、ボランティアに行った時に、大学生がカウンセラーの指導者として来られたんですけど、その人が建築学科の学生だったんです。
──
へぇー。
浦島
ボランティアしながら、その人に建築の話を色々聞いてて。それでやっぱり、進路を選ぶ時に、福祉系に行くか、建築系に行くか迷ったんです。でも自分はやっぱりものづくりをしたかったんですね。
──
なるほど。
浦島
障害児者のボランティアはボランティアとして一生できるしと思って。生活の一部としてやればいいですから。それで、その先輩が通っていた学校の建築学科に入ったんです。
──
はー。
浦島
今はボランティアでお世話した方の家を設計したり、そういうお仕事もあるので、福祉の世界でなくても、設計士としてそちら世界に関われているのかなって思います。
──
なんかお話を聞いていたら、たまたま偶然が重なっているように思えるんですけど、でもたぶんそうじゃないんですよね。いいタイミングで必然的に出会ってるんじゃないかなと思います。浦島さんの根っこの部分はやっぱり、人のことを考える、考えたいというところで、それが職業として表面に表れたのが設計士であり、ボランティア活動じゃないですかね。
浦島
そうなのかなぁ。
インタビュー

高校の時にガラガラッと変わった

──
でも高校の時に出会って良かったですよね。
浦島
高校ですっごい変わったんですよね。実は野球やってて…
──
(笑)
浦島
小学校の時は県大会で優勝して、4番打ってて…
──
え、すごいな!(笑)
浦島
(笑)中学は県ベスト8で、でも野球で食っていけることはまずないなと。それで大学には進学したかったんで、高校の途中で野球を止めたんです。
──
へー。
浦島
で、高校2年生の時に……こんな話続けて大丈夫ですか?
──
あ、全然大丈夫ですよ(笑)。
浦島
あの、高2の春休みに予備校に通ってたんですけど、その帰りに、池袋線の所沢駅ってところで電車の降り口のそばにいたら、目の見えない方がいて、誰かに「すいません、この人隣の駅で降りるらしいんでお願いします」ってたまたま私が声かけられて。
──
えー。
浦島
それで私が返事する間もなく、ドアがシューッて。
──
(笑)
浦島
それでどうしていいか分からなくて、隣の駅に着いた時に「あの、足元に気をつけてください」って声をかけることしかできなくて。それがなんかすごい、残っちゃってて。
──
はあー。すごいなぁ。そうなんですね。
浦島
で、2年生の同じクラスに、学校のボランティア同好会に入ってる子がいて、野球部やめたんだったら入らない? ってたまたま誘われたんです。
──
導かれてますねぇ。
浦島
だからほんとに高校の時にガラガラッと変わりましたねえ。
──
目の見えない方の案内をした時に、残るっていうのが。他の人って、残んないと思うんですよね。あんまり。やっぱりそのチャンネルがあったから残ったんだと思いますよ。
浦島
んー、今思えば、私おじいちゃんおばあちゃんと同居してたんですけど、共働きの両親に代わって祖父母と一緒に過ごしてて、三世代で住んでいたからそんな感覚があるのかなって思います。
──
あー、それはあるっすね。僕は核家族なので耳が痛いですけど、でも僕自身はめちゃくちゃおばあちゃん子なんで分かります。確かに僕、お年寄りには無条件で優しいですからね(笑)。
浦島
(笑)うちはばあちゃんが早く亡くなっちゃったんですよね。私が小学校2年の時に54で亡くなって、私もおばあちゃん子だったんで、そういうのも多少ね、心のどこかに残ってるのかなって。
インタビュー

住みよい住宅、使いやすい建物

──
なんか、そういう感覚とか体験って、古民家に対しての気持ちにつながってるんじゃないかなって、僕思うんですよ。
浦島
そうなんですよね。そういう気がしますね。
──
古民家ってハコとしては「人」というものにすごく近い空間だと思うんです。僕もそうですけど、ばあちゃんとか、そういう人の形をした人の匂いのするものに対して、それが好きだという感覚が、浦島さんや僕を古民家に向かわせてるんじゃないかと。
浦島
人の匂いということで言うと、やっぱ個性がありますよね。今の画一的に作られた家と違って、古民家って同じものが無いじゃないですか。
──
はいはいはい。
浦島
同じような間取りではあるけれど、梁一つにしても個性がある。人間も同じで、一人一人個性が違いますよね。
──
そうですね。多様性が好きだというのと、多様性を許さないという世界の違いですね。みんな画一的にしてコントローラブルなものにしたい、というのが市場原理であれば、我々はそこから外れたものが好き、という。人の心ほどアンコントローラブルなものはないですよね。
浦島
そうですね。
──
僕、ちょうど浦島さんに「なぜ古民家の方に進まれたのか」をご質問しようと思ってたんですけど、質問するまでもなく…
浦島
(笑)大学の時には卒業設計ででっかい施設とかを作ったりしましたけど、でも今は、そんなに大きいことじゃなくて、古民家とか、ちょっとした小規模の施設とか、そういうものに携わっていきたいと思います。
──
なるほど。
浦島
浦島設計事務所のモットーは「住みよい住宅、使いやすい建物」なんです。
──
ほー。住みよいっていうのはイメージできるんですけど、使いやすいっていうのは?
浦島
施設や工場は使いやすくないといけないと。
──
あ、そうか。
浦島
やっぱりそれには、お客さんのところに入り込んで、親身に聞いて、形にしないとできないので、そういう部分を一番大切にしたいと思ってます。
──
特に「住みよい」なんて人それぞれですからね。
浦島
設計士さんや棟梁ってこだわりの強い方も多いんですけど(笑)。
──
はい(笑)。
浦島
私は、設計としてはこうした方がいいんじゃないですかって提案するんですが、最終的にはお施主さんに選んで頂く感じです。
──
そうですね。完全にイエスマンでも駄目だと思いますし。そのバランス感覚って大事ですよね。
浦島
住みにくい住宅はつくりたくないです。その人にとってふさわしい、住みやすい家をつくりたいですね。
──
いやー、今日はいろんなお話をどうもありがとうございました。

おわり

施工例

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一般社団法人全国古民家再生協会埼玉第一支部
https://kominka-saitama.org/

浦島設計事務所

代表 浦島 則之
業種 建築設計監理業
一級建築士事務所
建築関係アドバイザー
住所(アトリエ) 〒368-0072 埼玉県秩父郡横瀬町大字横瀬1431-6
TEL. 0494-26-7320
FAX. 0494-25-3244

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事務局 一般社団法人古民家再生協会埼玉
代表理事 浦島 則之
住所 〒368-0072 埼玉県秩父郡横瀬町大字横瀬1387
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