古民家再生、古民家物件、リノベーション情報など。

古民家を楽しむために大切なこと

さて今回は精神論です。
精神論って苦手な人も多いと思います。
僕もそうです。
ネットで「風邪 悪寒 薬」と検索して出てきた記事が「そもそも風邪というのは病気ではなく…」とか書いてたら光の速さで画面閉じます。
でも聞いて。
大事なことだからちょっと聞いて。

…いいですか?
じゃあ喋ります。
こないだカメラ買ったんですよ。
あっ画面閉じないで!
大丈夫だから! これ最終的に古民家の話になるから!
あと一踏ん張りガマンして!!

はい。もういいですね。
じゃあここまで読んでくれてるコアな方にだけお話ししますね。
こないだカメラ買ったんですよ。
で、買う前にネットで評判調べるじゃないですか。そしたらレビューとか口コミがたくさん出てきますよね。
その中に初めてカメラを買うんだっていう若者がいまして、自分は初心者だから、いきなりこのクラスの機種を買っても使いこなせるのかどうか不安だと。
そんで若者は、この機種はAFが速いんだけど別の機種はAFポイントが多いからどっちを選べばいいか分からないとか、この機種は背面液晶の画質がいいけどファインダー視野率が95%だから初心者の自分には見にくいんじゃないかとか、この機種は親切設計だけどそのぶん機能が少ないので自分の腕前が上達してきたらのちのち後悔するかも…
とかね、
書いてるわけです。
そんな彼は典型的に情報に翻弄されるタイプだと思うんですが、この情報化社会において、こういった方は多いんじゃないでしょうか。
子供にどのランドセルを選ぶか、携帯の機種変をどうするか、より良いダイエット法は何か、糖質制限がいいのか、筋トレで代謝を上げるのがいいのか、通勤を自転車に変えればいいのか、普通のお茶ではなく脂肪を吸収する黒烏龍茶にすればいいのか、いや、ひょっとして今喰ってるこのポテチを止めればいいのか、いや、そこまでしなくてもきっと他に方法があるはずだ……などなど。

カメラの話に戻ると、僕は写真を撮り始めてから20年が経ちますが、僕が最初に手に取ったのは、当時渋谷で1万円で売られていた、非常に粗悪な造りの50年前のロシアの機械式カメラでした。
なぜそんなものを買ったのかというと、ロシアのカメラに憧れていたわけではなく、財布と銀行口座合わせた全財産が1万円しかなかったからです。
50年前(今からだと70年前)のそのカメラは、もちろんAFの速度どころか、AFなんかついてません。ファインダーも小さすぎてよく見えません。ていうか電池入れるところすら無い、穴の空いたただの鉄の箱です。
そんなもんを初心者がいきなり買ったところでまともに写真が撮れるわけもなく、現像に出してみると、当然まっしろ or まっくろ。
で、まっしろは嫌だから、必死で考えるわけです。
なんでまっしろなのかと。
それでとにかく一回シャッターを切るたびに設定値をメモして、現像に出して結果を確認して、またまっしろで…
僕はひたすらそんなトライ&エラーを繰り返しました。
そうしてやっとまともに写真が撮れるようになった頃には、50年前だろうが100年前だろうがほぼすべてのカメラを使いこなせるスキルが身についていたのだった。
そして、
「まっしろじゃなかったらええやん」という、恐るべきハードルの低さも獲得していたのである。

そうです。
役立つ情報、損しないための情報がはびこるこの現代社会において、ハードルを上げることよりも、ハードルを下げることの方がずっとずっと難しいんですよ。
低めのハードル、それは実は、ものごとを楽しむための重要なスキルなのです。
ネットで情報集めて「賢い選択」をするのは簡単。
でもそれって知らないうちにハードル上げちゃってるんですよ。
ハードルが上がると、自分の要求レベルも上がるし、満足できるラインも上がる。
AF精度やら視野率やら言ってる人は、それが少しでも悪ければ、すごいストレスを感じてしまう。
それを自分の力でカバーできればいいんだけど、得をして楽しちゃってるから、力もついていない。
なのでずっとイライラしてたり、不満を口にしたり、
つまり、楽しめない。
かたや僕なんか「まっしろ」からスタートしてますからね。基本写ってたらなんでもええですから。仕事だとマズいですけど、趣味の写真なら、なんか写ってりゃなんでも楽しいですわ。
という。

賢明な読者様ならもうお気づきでしょう。
そう、これはそのまんま古民家の話なのです。
古民家も一緒で、僕はかなり間違った選択をして、かなり苦労しましたけど、そのおかげでまー大体どんな家でも住める自信はありますよ。
てことは、少々のことなら気にならない。
ストレスを感じるどころかそれを楽しめる。
なぜなら最低ラインからスタートしてるから。
です。
情報を駆使して、最初から完璧なもの、適切なもの、ふさわしいものばかりに埋め尽くされていると、本人に一切力がつきません。
その結果、選択肢が大幅に狭くなりますよね。
豪華なホテルにしか泊まったことがない人は、豪華なホテルにしか泊まれない。その辺のおばちゃんが一人でやってる民宿には「泊まる気も起きない」。
てことは、おばちゃんの民宿にしかない面白さやトラブルや感動を一生味わえないですよね。
もちろん古民家なんか選択肢にも挙がってこない。
え、それって不幸じゃない?
と僕は思うんですよ。

一番不便な、素朴なレベルからスタートできているかどうか。
これが物事を広く楽しむコツだろうと思います。
完璧な家にしか住んだことのない人は、ハードルが上がりまくっているため、ちょっとしたトラブルでストレスを感じる。だから古民家に住めない。
でも僕のように玄関がぶち抜かれたままの家に1年住んだ人は、新築にも古民家にも住めるし、なんなら突然コンロと洗濯機が庭に移動しても耐えられるんですよ。(ただの実話や)

今回もなかなか難しいことを書きましたけど、実際そういう体験をしてきた僕から言わせれば、ハードル下げるのは実はそんなに難しくないっす。
皆さんも経験あると思いますよ。
たとえば旅行先でどうしてもラーメンが食べたくなってめっちゃ探してもファミレスとCoCo壱とモスとジョリパしかなくてもう絶対にラーメン食べる気分で絶対に妥協したくないのに苦渋の決断で「麺」枠でジョリパを選ぶみたいな…
いや、ちょっと違うか。
まあいい。
とにかく僕は、人はそんなに賢くなくてもいいし、常に正解を選ばなくていいと思います。
なぜならその不正解や失敗の経験は絶対に自分の力となり、やがて自分に大きな選択の自由と楽しさを与えてくれるからです。

ということで皆さん、ぜひ苦労すること、間違えること、失敗することを恐れないでくださいね。
ネットの情報で頭でっかちになってると、いつまでも古民家暮らしを楽しめないですからね。
ハードル下げ下げでいきましょう!


おわり。

pagetop