古民家リノベーション体験談6 光を、光をください…
【前回までのあらすじ】1億あればその悩みは大体解決する
悩みに悩んだ離れどうすんの問題ですが、いくつかの理由を元に、結局解体することに決めました。
そのうちの大きな理由となったのが「採光」の問題です。
というか、離れに限らず、光が好きな僕はまず「採光」を中心に進めていこうと思いました。
古民家は暗い。
まあそうです。それは事実。
するとすぐにセットで出てくるのが谷崎潤一郎『陰影礼賛』の話。
古民家再生の広告の文句なんかによく使われているのを見かけます。
(ちなみに谷崎と同確率でやたら出てくるのが兼好法師の「家の作りやうは、夏をむねとすべし」の一節。これはまたどこかで書きます)
いわく、
谷崎潤一郎が言うように、古くから日本人は「暗さ」の中に美を見出していたのです。
「暗さ」は悪いことではないんです。
本当は美しいんですよ。
と。
そういう説明を聞きながら僕は思います。きみら何学部やと。こちとら谷崎を敬愛する文学部日本文学科卒のおっさんじゃいと。
谷崎は『細雪』と『少年』と『秘密』と『春琴抄』が好きですじゃいと。
なんかね、「暗いけど、超えらい作家も『暗いのが好き』ってゆってるし、もう暗いままでよくない?」
みたいに、大谷崎を引っ張ってきて古民家が暗いことの免罪符にしてる感がするんですよね。
僕はその考え方にNOです。
確かに『陰影礼賛』はめっちゃおもろい。そして実際、暗さは美しい。
でも、いくら陰影を礼賛してても、たとえば不在通知が暗くて読めないとか、塩胡椒どれだけふったか分からないとか、嫌ですよね。
大事なのはバランスです。
ていうか谷崎を引き合いに出す方のうち、一体何人が神戸市に残ってる谷崎の自邸「倚松庵」に足を運んだことがあるでしょうか。
あの家、普通の明るさですからね。
谷崎は暗い家に住めって言ってるんじゃなくて、家のあちこちに潜む暗さを愛でてるんですよ。
余談ですが「倚松庵」は谷崎が1936年から1943年まで居住した、『細雪』の舞台ともなった昭和初期の名建築です。
僕はこの建物が日本で一番好きです。
応接室のソファに座って谷崎の著書が読めたり、庭で近所の子供たちが蝉取りをしていたりと、ゆる~く解放されているので、皆さんぜひ一度行ってみてください。
話を元に戻します。
古民家は暗い。そして我々日本人はその暗さを愛でる感覚を持っている。
ここまではいいんです。
ところが問題は、現在残っている古民家が、増改築によって谷崎が思ってる以上に暗くなってるという事実なのです。
谷崎が生きていれば「暗っ!」て言ってたと思います。
実際、うちはこんな感じでした。
これは前にもお見せした、増改築された元々の間取りですね。
この間取りによって、部屋がどれだけ暗くなっているか図示したのがこちら。↓
Oh…
Adobe Sketch の水彩ブラシによって必要以上にグロくなってしまいましたが、この黒い部分が暗がりです。
見てください。
古民家だからっていうより、家がデカかったら中央が暗くなるんですよ。
そりゃそうだよ。
窓は外周にしかつけられないので、外周だけが明るくなるんですね。
それではこの状態からどうしていけばいいのか。
もったいぶる感じで、つづきます。